悠久の都、エルサレム旧市街地 イスラエル(2)
人口90万人を抱える大都市エルサレムは、ひだのように連なる山の頂上にある。まばらに緑が茂る白い山肌に、どこからともなく街が始まり、どこまでも続いていく。地中海から東に60キロほど内陸で、標高も高いことから、テルアビブよりも気温は低く、カラッとしている。古都を想像していたが、市の中心に位置する旧市街地以外、街並みは新しい。
エルサレムは、元々ユダヤ教の神殿の周りにできた街だった。神殿は紀元70年にローマ帝国に破壊されてしまったが、唯一難を逃れた西側の壁が「嘆きの壁」と呼ばれる現代のユダヤ教の聖地だ。神殿の跡地には、現在、黄金色に輝くモスク、「岩のドーム」が悠々と佇んでいる。そして、神殿が破壊される40年ほど前にローマ帝国がイエス・キリストを十字架にかけたとされる場所には、聖墳墓教会が建つ。4000年の歴史と3つの宗教の聖地が、皇居より一回り小さいこの旧市街地に凝縮されているのだ。
自由に見学できる「嘆きの壁」や、ほの暗く荘厳な聖墳墓教会には、世界中から祈りを捧げに来る人が絶えない。イスラム教徒でなければ入れない「岩のドーム」も同様だろう。聖地と呼ばれる建造物もさることながら、宗教を持たずに育った私には、深い信仰心からくる彼らの真っすぐな眼差しこそが神聖に見える。そして、紀元前からこうした眼差しを受け止めてきたこの街の気迫に、圧倒されるばかりだ。
石でできた迷路のような旧市街地はまた、3万人以上の住民を抱える住宅地でもある。その大半はこの地に長く住むアラブ系の住民だが、ほかにもユダヤ人、キリスト教徒、アルメニア人、と4つの地区に分かれている。閑静なユダヤ人居住地区には、黒い上着とズボン、帽子に身を固めたユダヤ正教徒の男性が静かに行き交い、異空間のような彼らの日常風景に目を奪われる。聖地の近くに住みたいという宗教熱心なユダヤ教徒は多く、入居を待つ人々の長いリストがあるそうだ。
10分も歩けば、狭い石畳に沿って店が並ぶアラブ地区のマーケットだ。所々坂道になっていて、色も音も匂いもバラエティに富み、生き生きとしている。世界史に名を連ねる列強に支配されても、美味しそうなパンやスパイス、野菜類が並ぶマーケットはいつの時代も活気にあふれていたに違いない。生活感の感じられる光景に、なんだかほっとする。
張り詰めたような神聖な雰囲気に加えて、エルサレムには特有の緊張感が漂う。警備するイスラエル軍の数がどの街よりも多いのだ。聖地としての街の重要性に加えて、イスラエルとパレスチナの支配領域が隣接していることから、衝突が起こりやすい、繊細な地域なのだ。安全性を心配したところで、「交通事故で亡くなる人の方が多いのに、交通事故を恐れて車に乗らなくなることはないでしょう?」と現地の人は意に介さない。どの国にも何らかのリスクがあると言えばそれまでだ。警備が少し物々しいものの、滞在中はとても穏やかだった。少しでも長く、こうした平穏な日々が続くことを願うばかりだ。
取材協力:
トルコ航空:https://p.turkishairlines.com
ツーリスト・イスラエル:https://www.touristisrael.com
*この記事は、2017年に朝日新聞デジタル版&Travel「あの街の素顔」に掲載されたものです。