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これまで書いてきた旅の記事や、書ききれなかったこぼれ話を集めてみました。

音楽で溢れる雨期のジャカルタ インドネシア(1)

音楽で溢れる雨期のジャカルタ インドネシア(1)

クアラルンプール経由で着陸したジャカルタは、今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした雲と重たい空気に包まれていた。雨期と聞いて構えていたが、日本の梅雨時のように、一日中降り続くことはまれだそうだ。タクシーの窓には鬱蒼とした熱帯植物の間からのぞく民家と、曇り空を写すガラス張りのビル群が代わる代わる通り過ぎて行く。

ジャカルタは、経済成長の著しい大都市にもかかわらず、意外にも生の音楽であふれていた。屋台が明かりを灯し始める夕暮れ時に街に繰り出せば、どこからともなくギターの音色が響いてくる。夕飯を食べに行った半屋外のフードコートでも、若い店主が客を待つ間に何気なくギターの弦を弾いていた。飾り気のないその様子に、見入ってしまう。

音楽の生演奏があるときいて、ジャカルタッ子にも駐在員にもファンが多いジャヤ・パブに向かった。すぐ近くでタクシーを降りたはずなのに、見つけられずにいると、「何を探しているの?」と、隣のビルを警備していたお兄さんがたずねにきた。行き先を告げると、大きな傘を差し出し、自らは折り畳み傘のなかに縮こまりながら、土砂降りの中を裏通りにあるパブまで案内してくれた。そして、傘を受け取ると、お礼を言う間もなく、自分のビルに戻ってしまった。

ジャヤ・パブは大衆居酒屋とライブハウスを掛け合わせたようなパブで、細長く突き出したコの字型のバーカウンターの付け根に小さなステージがある。赤く薄暗いライトがなんとも怪しげな雰囲気を漂わせているが、乗せ上手なバンドと乗せられ上手な客が一体となって大盛り上がりする様子は、むしろ無邪気に近い。客層に合わせてであろう、ステージではアメリカン・ロックのナンバーが続く。バンドと観客の歌声に、天井のあちこちから吊られたラッパホーンがパプッパプッと間の手のように重なり、甘すぎるカクテルと音の洪水に身を任せる。閉店間際に店を出ると、雨あがりの清々しい空気に思わず深呼吸した。

翌日、日曜日のファタヒラ広場は、人、人、人だった。オランダ統治時代の旧市庁舎など、歴史ある建物に囲まれたこの広場には、日が暮れても、若者から家族連れまで大勢の人が花見のように、和気あいあいと地べたに座っておしゃべりしている。すぐそばのグループからギターと歌声が聞こえたと思えば、向こうのグループからもまた、別のギターが聞こえてくる。そのすぐ脇を、歩き方を覚えたばかりの小さな子供が、お母さんに連れられてひょこひょこと歩いて行く。外からは騒々しく見える広場だが、中に入ってしまえば実にのんびりと、懐かしいムードに包まれていて、こちらまで楽しい気持ちがこみ上げてきた。

広場の周りには、歩道いっぱいに露天商やカラフルな屋台が軒を連ねていた。行く手を阻むような存在感の割には、押し付けがましい商売っ気はなく、こちらもまたほのぼのとしている。小さな空間を最大限に利用できるよう作られた屋台は実用的で、その構造と工夫を眺めてまわるだけでも楽しい。

小さな電球が「オタック」という名前を照らす屋台で足を止めてみた。自転車の後部に括り付けた木箱ひとつで、魚の練り物をバナナの葉に包んで炭火で焼き、出来上がった商品を山積みに陳列して、立派に商売している。名前が分からなくても、どんな食べ物なのか一目瞭然なのもまた良い。オタックは、お餅のような食感に魚の風味が香ばしく、少しピリ辛のピーナツソースを添えれば、いくらでも食べられそうだ。ビールに合うに違いないが、イスラム教徒の多いジャカルタでは、軽い腹ごなしの軽食といったところだろうか。

広場の周りを散策していると、誰からともなく、露天商たちが一斉に店じまいを始めた。半分ほど片付いたところで、ポツリポツリと雨粒が路面を黒く染め出す。驚くような早さで皆それぞれ撤収すると同時に、一気に大降りになった。地面から高く跳ね上がるほど激しい雨だ。さっきまで外にいた大勢の人々が、軒下に身を移し、おしゃべりを続けている。

しばらくたつと、軽食売りが回って来た。同じ建物の入り口で雨宿りをしていた若者のグループは、パンをひとつ買うと、一口食べる?と見ず知らずの私たちに差し出してくれた。年もそう違わないし、話しかけたいけれども迷惑だったらどうしよう、と躊躇していた矢先のことだった。

30分ほどで雨脚が弱まると、人々が一斉に動き始めた。ファタヒラ広場に戻ると、先ほどの賑わいは洗い流されてしまったように、閑散としていた。それにしても、あれほどの人数が軒下に収まるはずもないし、皆どこへ行ってしまったのだろう。雨に濡れた広場は鏡の様に周囲の建物を映し出し、夕暮れ時とは違った、しっとりとした美しさを纏っていた。

取材協力:

エア・アジア http://www.airasia.com/jp/ja/home.page

<旅の情報>

ジャカルタまではクアラランプールを経由して飛行機で約9時間。公用語はバハサインドネシア語だが、ジャワ島では、ジャワ語が広く話されている。ほとんどがイスラム教徒だが、バーやレストランにはお酒が置いてある。タクシーや公共交通機関の他に、グラッブ(Grab Indonesia)という民間タクシーサービスがあり、車の手配から支払いまで携帯電話のアプリケーションでできるので便利。

*この記事は、2017年に朝日新聞デジタル版&Travel「あの街の素顔」に掲載されたものです。

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