新旧、東西が交差する魅惑の街 香港(1)
香港は、幼い頃に訪れた初めての「外国」だ。滞在したのは空港だけだが、それでも、なじみのない言語が飛び交う混沌(こんとん)とした様子に胸が躍り、着陸寸前にすり抜けた、きらめく街並みが印象的だった。今回、24年ぶりに降り立った香港国際空港は、洗練された世界屈指のハブ空港になっていた。滑走路の向こうにはうっそうとした山々が見える。
幼い頃の記憶が残る啓徳空港は、1998年に閉鎖されている。香港島とビクトリア・ハーバーを挟んで向かい合う九龍の市街地に隣接し、「世界一着陸が難しい空港」として有名だった。閉鎖にともない建物の高さ制限が撤廃して、今では香港で一番高い118階建ての超高層ビル、環球貿易広場(ICC)が九龍にそびえる。
香港島の名所を巡る2階建て観光トラムも、クリーム色と紅色の外観がレトロで可愛らしい。オープンデッキから見渡す色彩鮮やかな街は活気に満ち、映画のワンシーンみたいだ。暑さがだいぶ和らいだ通りに、リンリン、と出発のベルが響く。
中心部の通りはにぎやかだ。窮屈そうに肩を並べるビルにひしめき合う看板は、色も言語も様々で、おぼつかない日本語の看板も少なくない。裏通りの市場は、肉屋に魚屋、八百屋と大にぎわいだ。歩道橋があちこちでビルをつなぎ、道路の方々に伸びている。遠くで、ピピーキュルル、と鳥が鳴く。
重厚な旧立法会大楼の前を抜けると、銀色に輝く超高層ビル群が目に飛び込んできた。「右手に見えるのが、中国銀行タワーです。風水学的に見ますと……」自動音声ガイドが、目前にそびえる超近代的な建物の風水講釈を始める。風水が良くなるデザインが施されているようだが、唐突すぎて耳がついていかない。
それでも、香港の街には懐かしい雰囲気があちこちに漂っていた。香港発祥のお菓子、エッグワッフルの人気店もそんな一角にある。卵を並べたような形に焼きあがるワッフルは、カリッと香ばしくてほんのり甘い。店によって味や食感が違うので、地元の人はそれぞれひいきの店があるそうだ。
飲茶(ヤムチャ)をつまみながら、ガイドの男性が香港の暮らしに根付く風水の話をいくつか紹介してくれた。香港では、かかりつけの医者のように、皆それぞれ信頼する風水の先生がいて、悩み事を相談するそうだ。日本語と広東語が堪能な彼は、風水師との面会の通訳を頼まれたことがあるものの、「その人の運命にかかわることなので、任務が重大すぎて断った」という。
最新式の超高層ビルが立ち並ぶ一方で、ビルの谷間の青空市は夕飯の買い物客でにぎわう。世界的な経済圏ながら、風水が暮らしのベースにある。対照的に見える要素が、思わぬところで共存している街だ。数日間の滞在でどこまで知る事ができるだろう。プリプリの海老餃子をほおばりながら、初めて香港の空港に来た時と変わらない興奮に胸が踊った。
取材協力:香港政府観光局、キャセイパシフィック航空
*この記事は、2016年8月8日付で朝日新聞デジタル版&Travel「あの街の素顔」に掲載されたものです。https://www.asahi.com/and_travel/20160808/1557/