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これまで書いてきた旅の記事や、書ききれなかったこぼれ話を集めてみました。

ボンベイの住宅街で、美味しいもの三昧 インド(3)

ボンベイの住宅街で、美味しいもの三昧 インド(3)

「ムンバイで乗り換えに8時間も待つなら、うちでご飯を食べて行けば?」と大学時代の友人が誘ってくれた。彼女を頼って遊びに来たインド西海岸のゴアから東京へは、ムンバイとデリーで乗り継ぐ便を取っていた。

空港から観光名所の点在する中心地までは片道1時間半ほどかかるが、アンダリーウエストという街にある彼女の実家は40分ほどで行けると言う。二つ返事でお邪魔することにした。

移動はタクシーよりも安いリキシャだ。ゴルフカートのような見た目から想像するよりも乗り心地は良いが、交通量が多い場所では容赦なく排ガスを浴びる。「皆一斉に前へ前へと出ようとするから、渋滞がヒドくなる」と友人は嘆くが、交通ルールをキッチリと守る日本でも渋滞は起きるので、一概にそうとは言えないだろう。

国道のような大きな道路を走ること30分ほどで、アンダリーウエストに到着した。街の西側にはアラビア海が広がる。日に焼けたコンクリートの高層マンションが連なり、路上の売店にキッチリと積み上げられた果物のオレンジや黄色がまぶしい。あちこちに植えられた大きな木々が、この街に落ち着きを添えている。活気がありながらものんびりとした雰囲気や、南国の色鮮やかな色彩が、どこかイスラエルのテルアビブを思い出させた。

「ここで止まって」とリキシャの運転手に友人が指示したのは、大通りから脇道に入った奥にある、マンションのひとつだった。同じ通りには、似たような建物がいくつか並んでおり、それぞれゲートに警備員が付いている。友人が中学校を卒業するまで、母と妹の3人で暮らしていた5階の一室は、玄関を開けるとすぐに8畳ほどのリビングダイニング、その奥に6畳ほどのキッチンと8畳ほどのベッドルームがある、1LDK。窓が大きいからか、間取りより広く感じる。ダイニングテーブルがあるはずの場所にはクリスマスツリーが飾られていた。

「隣のマンションには妹の親友が今でも暮らしているし、名付け親もここから歩いて5分くらいのところに住んでいるの」

近所を散策しながら、これまで知らなかった彼女の一面が次々と明らかになっていく。この辺りは、ドレスやアクセサリー、美容関係のお店が多い。聞けば、ボリウッド(編注:ムンバイの映画産業を指す俗称)の若手俳優が多く住んでいるのだそうだ。伝統的な衣装の店が圧倒的に多いが、中にはモダンなデザインの小物や洋服店もある。

「これだけは味わってほしい」と友人が連れて行ってくれたのは、ラッシーのお店だった。鍋のような入れ物が並べられたカウンターとレジ、冷蔵庫があるだけの質素な店舗だ。この店は牛乳やヨーグルトはもちろん、バターを煮詰めたギー(編注:食用のバターオイルの一種)まで、今ではスーパーでも手に入る乳製品を全般的に扱っていて、友人が子供の頃は、全てこの店で買っていたそうだ。奥にあるテーブルには、黒いベールに身を包んだ女性が2人、静かにラッシーを楽しんでいた。

ラッシーは、ほのかに甘いヨーグルト・ドリンクで、夏の暑い時期によく飲まれている。「ドリンク」と書いたが、ここのラッシーにはストローの代わりにスプーンが付いていて、飲み物というよりはヨーグルトそのものだ。表面は、溶岩のようにゴツゴツとして濃厚で、その下はとろりと滑らか。コクがあるのに、スッキリとしている。なんておいしいんだろう。

店の連なる表通りを歩いていると、「これを見て」と友人が道路を指さした。インドでよく見る、金属製の入れ物を積み重ねたお弁当箱だ。

「インドでは、各家庭から預かったお弁当を、お昼前に職場に届けて、食べ終わったお弁当箱をまた各家庭に戻すダッバ・ワラという職業があるの」

愛妻弁当のデリバリーサービスと言えば分かりやすいだろうか。お昼ご飯を買うより安いのだろうか? 通勤距離が長い東京では考えられない、面白いシステムだ。

実家では、彼女がいつも自慢しているお母さんのバターチキンの作り方を教えてもらった。鶏肉は一晩ヨーグルトをベースにしたソースに漬け込み、炒めておく。その間、カレーのベースを作り、鶏肉とクリームを加えて煮込む。手順はシンプルだが、手間と時間のかかる料理だ。

温かみのある黄色に塗られたキッチンのカウンターには、バターチキンの他にもポークやビーフのロースト、ひき肉のカレーにピラフ、コロッケのようなジャガイモのパテが並べられていた。どれも友人の大好物だというのに、「今日は朝3時起きで、こんなに食べたら眠くなるから」と手をつけようとしない。親の気持ちと子供の気持ちが時としてすれ違うのは、インドも日本も同じようだ。

友人の家庭では、大みそかに肉料理中心のごちそうを食べると聞いていたので、すでに年はまたいでいたが、数日遅れの大みそかを体験しているようで、なんだかうれしい。

ちなみに、ヒンドゥー教徒の多いインドでは、牛を食べることは御法度とされているため、「ビーフ」として売られているのは水牛の肉なのだそうだ。水牛の肉は硬いと聞いていたけれど、じっくり煮込んであるためか、気にならず、どれも優しいおふくろの味だった。

<旅の情報>
ムンバイは成田空港から直行便で約10時間、もしくはデリー経由で約13時間。空港からムンバイ中心部まではタクシーで約1時間半かかる。今回訪れたアンダリーウエストへは、リキシャで約40分、150円ほど。リキシャは空港の到着フロアから歩いて5分ほどのP6番から利用できる。冬期は、夕方は肌寒いので、上着をお忘れなく。

この記事は、2018年4月2日付で朝日新聞デジタル版&Travel「あの街の素顔」に掲載されたものです。https://www.asahi.com/and_travel/20180402/11967/

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