外で食べる楽しみと、アスパラガスのお皿 ボルドー(3)
街の中心部から南へ15分ほど自転車を走らせ、ボルドーで一番大きいカプサン市場へ行ってきた。大きな屋根の下に60以上の店が軒を連ね、肉や魚介、野菜にチーズなど、旬の食材がなんでもそろう市民の台所であり、憩いの場でもある。桃が真っ盛りの時期で、八百屋には平たくつぶれたような形の桃や丸い桃、うぶ毛の無い桃など、様々な種類の桃がズラリと並んでいた。
1749年10月2日、この場所で初めて家畜市場が開かれて以降、徐々に日用品や食材などが売られるようになり、1800年代半ばには日常生活に欠かせない現在の形が整えられた。生活スタイルの変化で、スーパーマーケットも増えたが、早朝からお昼過ぎまで開いている市場の人気は依然として根強い。自宅から距離があるにもかかわらず、毎週土曜日にカプサン市場へ買い物に行く人も、少なくない。
日本では見たことのない、赤ん坊の頭ほどもある巨大なトマトや、真っ白なチコリ、色とりどりのインゲン豆など、30種類ほどの野菜もさることながら、店主と客のテンポの良いやりとりにも心が踊る。肉屋の前を通りかかったとき、乳母車を押す女性のかたわらで、小さな女の子が突然ぐずりだした。すると、がっしりとした体格の店主がすかさず女の子に話しかけ、すっかり機嫌を直してしまった。こうした気取りのないやり取りを楽しむのもまた、市場の醍醐味(だいごみ)に違いない。
ちょっと休憩に、と突き出しの落花生とグラスのロゼでくつろいでいた食堂のカウンターは、お昼時の常連客であっという間に満席になった。看板メニューのムール貝やステーキをほおばりながら、ワイワイと世間話が絶えない。日本ならば2、3人分の量を、皆涼しい顔をして平らげてしまう。さすがは食いしん坊の国である。内外の壁がない半屋外のカウンターからは、通りすがりの常連客に「最近見ないけど、どうしてた?」と声がかかる。なんとも開放的で快適だ。
「暖かい時期は、1日1回は屋外で食事をする。」郊外のワイナリーを案内してくれたデビッドさんの言葉に、優雅だなあ、とうらやましく思ったが、ボルドーではごく普通のことのようだ。家の庭には食事用のテーブルがあり、街中のレストランやバーは通りにテラスを設け、川沿いでは人々が集まってピクニックをしている。「天気がいいから」と屋外でテイスティングをしたワイナリーもあった。年に数カ月だけの暖かく爽やかな気候を、みんな心から楽しんでいるのだ。
「残念ながらシーズンはもう終わってしまったけれど、アスパラガスが大好きなんだ。専用のお皿もあるよ。」デビッドさんが見せてくれたのは大きな平皿で、手前にはソースをいれるくぼみがついていた。「このお皿でアスパラガスを食べるのを毎年楽しみにしているよ。使えるのはたったひと月ほどだけどね。」
限られた時期の恵みをとことん楽しむ姿を見て、忙しさに流されがちの日々を少し変えてみよう、と心から思ったのだった。
<カプサン市場(Marche des Capucins)>
営業時間:火曜日~金曜日 6:00~13:00、土曜日と日曜日 5:30~14:30
住所:Place des Capucins, 33800 Bordeaux
取材協力:ボルドーワイン委員会
*この記事は、2016年9月16日付で朝日新聞デジタル版&Travel「あの街の素顔」に掲載されたものです。https://www.asahi.com/and_travel/20160916/2367/